冬の足音が聞こえてくると、無性に火のそばが恋しくなります。
ここ長野・安曇野では、朝晩の冷え込みが厳しくなるにつれて、温かい料理と少し強めのお酒が美味しく感じられるようになるからです。
特にお正月のおせち料理や、人が集まるホームパーティーの食卓には、少し贅沢な一皿を並べたくなります。
そんなとき、赤ワインや日本酒に静かに寄り添う「鴨肉」は、最高の選択肢と言えるでしょう。
「鴨のローストやパストラミなんて、お店で食べるもの」
そう感じている方も多いかもしれません。
けれど、スーパーや通販で手に入る「冷凍の合鴨」を使えば、驚くほどリーズナブルに、かつ本格的なビストロの味を再現することが可能です。
今回は、燻製特化ライターである私、早川凪が、自宅のキッチンで実践している「鴨の燻製(パストラミ)」のレシピをご紹介します。
市販品とは一線を画す、香り高い自家製パストラミ。
しっとりとした脂の甘みと、スパイシーな黒胡椒、そして燻煙の香りが織りなすハーモニーを、ぜひご自身の五感で楽しんでみてください。
鴨の燻製(パストラミ)を自宅で作る魅力
なぜ、あえて手間と時間をかけてまで、自宅で鴨を燻製にするのか。
その理由は、単に「美味しいから」という言葉だけでは語り尽くせません。
そこには、自分で作るからこそ味わえる、静かな豊かさがあるからです。
高級食材をリーズナブルに楽しむ
デパ地下や高級スーパーのショーケースに並ぶ「合鴨パストラミ」は、ほんの数切れで千円以上の値がついていることも珍しくありません。
それを眺めてため息をつくよりも、素材としての「冷凍合鴨」に目を向けてみてください。
ブロック肉(ロース)なら、数百円から千円程度で手に入ることが多いのです。
自分で調理の手間を少し加えるだけで、原価を抑えつつ、高級レストラン並みのボリュームとクオリティを食卓に並べることができます。
このコストパフォーマンスの高さも、自家製燻製の密かな楽しみの一つです。
自分好みの塩加減とスパイス
市販の加工肉は、保存性を高めるためにどうしても塩分が強めになっていたり、添加物が気になったりすることがあります。
その点、自家製であれば、塩抜きの時間を調整することで、自分好みの優しい塩加減に仕上げることができます。
また、パストラミの命であるブラックペッパーの量や、隠し味のハーブも自由自在です。
「今夜は重めの赤ワインに合わせたいから、胡椒を効かせよう」
「子供も食べるから、スパイスは少し控えめにしよう」
そんな風に、食べる人の顔を思い浮かべながら調整できるのも、手作りならではの特権だと思うのです。
失敗しない!合鴨パストラミの材料と下準備
美味しい燻製を作るためには、燻す前の工程が8割を占めると言っても過言ではありません。
まずは、適切な食材選びと下準備について、私の経験を交えて解説します。
おすすめは「冷凍合鴨ロース」
今回使用するのは、スーパーの精肉コーナーや業務スーパー、通販などで広く流通している「冷凍合鴨ロース」です。
特に「紅茶鴨(あい合鴨)」などの銘柄で販売されているものは、脂の乗りが良く、臭みも少ないため燻製には最適だと感じています。
必ずスライスではなく、ブロック(塊)の状態で販売されているものを選んでください。
冷凍肉を使用する場合は、調理の前日に冷蔵庫へ移し、時間をかけてゆっくりと解凍します。
急がず、肉の温度をゆっくり戻してあげることが、ドリップ(旨味の流出)を防ぎ、しっとり仕上げるための最初のコツです。
また、常温での解凍は細菌が増殖しやすいため推奨されていません。食品安全委員会も、細菌を増やさないためのポイントとして、冷蔵庫内での低温解凍を推奨しています。
(出典リンク) 内閣府 食品安全委員会:食中毒予防のポイント
ソミュール液とスパイスの配合
パストラミ特有のスパイシーさと保存性を高めるために、以下の材料を準備します。
【材料】
- 合鴨ロース肉(ブロック):1枚(約200g〜300g)
- 粗挽きブラックペッパー:適量(たっぷりと)
【ソミュール液(漬け込み液)】
- 水:400ml
- 塩:40g(水の10%)
- 砂糖(三温糖がおすすめ):20g
- ローリエ:1枚
- ニンニク:1片(スライス)
- お好みのハーブ(タイムやローズマリーなど):少々
ソミュール液の材料を鍋に入れてひと煮立ちさせ、塩と砂糖が溶けたら火を止めます。
完全に冷めるまで待つ時間も、調理の一部です。
解凍と血抜きが味の決め手
解凍した鴨肉は、流水でサッと洗い、キッチンペーパーで水分を優しく拭き取ります。
※注意:生肉を洗う際、飛び散った水滴からシンク周りに菌が付着する可能性があります。東京都福祉保健局でも注意喚起されている通り、洗った後は周囲をアルコール消毒するなど、二次汚染には十分注意してください。
鴨肉は血合いが多い場合があるので、フォークで皮面と身を数カ所刺しておくと良いでしょう。
味が染み込みやすくなると同時に、余分な血が抜けやすくなります。
この丁寧な一手間が、仕上がりの雑味を消し、洗練された味わいを生み出します。
(出典リンク) 東京都保健医療局:カンピロバクター食中毒予防のポイント
【レシピ】鴨の燻製・パストラミの作り方手順
それでは、実際の工程に入っていきましょう。
時間はかかりますが、作業自体はシンプルです。
素材と対話するように、ゆっくりと進めてみてください。
Step 1: 漬け込み(ソミュール液)
ジップロックなどの密閉袋に鴨肉と、冷めたソミュール液を入れます。
空気をしっかり抜いて口を閉じ、冷蔵庫で1日から2日間、じっくりと漬け込みます。
この時間が、鴨肉の中心まで味を浸透させ、熟成を進める重要な期間となります。
冷蔵庫の中で静かに眠る肉を想うと、完成への期待が少しずつ膨らんでいきます。
Step 2: 塩抜きと乾燥(風乾)
漬け込みが終わったら、肉を取り出して流水で洗い、ボウルに張った水にさらして「塩抜き」を行います。
鴨肉の端を少し切り取って電子レンジで加熱し、味見をして「少し薄いかな?」と感じるくらいがベストです。
塩抜き時間の目安は、流水で30分〜1時間程度ですが、必ず味見をして、ご自身の舌で確認してください。
塩抜き後はキッチンペーパーで水気を徹底的に拭き取り、冷蔵庫でラップをせずに半日〜1日置いて乾燥(風乾)させます。
表面が乾いていないと、燻製の煙が乗りにくく、酸味が出てしまう原因になります。
美味しい燻製を作るために、この乾燥工程は絶対に省略しないでください。
Step 3: スパイスをまぶす(パストラミ化)
乾燥が終わった鴨肉の表面全体に、粗挽きブラックペッパーをたっぷりとまぶします。
手で押し付けるようにして、肉が見えなくなるくらい真っ黒にするのが、本格的なパストラミに仕上げるポイントです。
もし脂身が厚すぎる場合は、この段階で包丁を入れて脂を少し削ぐか、格子状に切れ目を入れておくと、脂が落ちやすくなります。
Step 4: 熱燻または温燻で燻す
いよいよ、火を入れる時間です。
鴨肉は脂が多いため、温度が高くなりすぎると脂が溶け出してしまいます。
今回は、家庭でもやりやすいスモーカーを使った**「温燻(60℃〜80℃)」**でじっくり燻す方法をおすすめします。
スモークチップは、肉との相性が良い「サクラ」や、色付きの良い「ヒッコリー」が適しています。
燻煙材に火をつけ、約60℃〜70℃の温度帯をキープしながら、90分〜120分ほど燻します。
中心温度計がある場合は、肉の中心温度が63℃〜65℃になるまで加熱してください。
厚生労働省の基準においても、食肉による食中毒を防ぐためには「75℃で1分間」、あるいはそれと同等とされる「63℃で30分間」の加熱が必要とされています。安全のため、温度管理は慎重に行いましょう。
温度管理は食中毒予防の観点からも非常に重要です。
もし中心まで火が通っているか不安な場合は、燻製後にジップロックに入れて、70℃のお湯で30分ほど湯煎(低温調理)すると、しっとりとした食感を保ったまま安全に加熱できます。
(出典リンク) 厚生労働省:お肉はよく焼いて食べよう
Step 5: 寝かせ(熟成)
燻製が終わった直後の肉からは、まだ少し荒々しい煙の香りがします。
粗熱が取れたらラップで包み、冷蔵庫で最低でも一晩、できれば24時間寝かせてください。
この「寝かせ」の時間に、煙の香りが肉に馴染み、驚くほど芳醇な風味へと変化します。
待つ時間はもどかしいものですが、美味しくなるための魔法だと思って、我慢してみてください。
おせちやパーティーに!美味しい食べ方とアレンジ
完成した鴨のパストラミは、そのまま食べるだけでなく、様々なシーンで活躍します。
スライスしてそのままおつまみに
まずはシンプルに、薄くスライスしてそのまま召し上がってください。
脂の甘みとスパイシーな黒胡椒、そして鼻に抜けるスモークの香りは、赤ワインやウイスキーとの相性が抜群です。
バルサミコ酢を煮詰めたソースや、粒マスタードを添えると、さらにお家でビストロ気分が味わえます。
おせち料理の「重箱」の主役に
お正月のおせち料理の一品としても、鴨の燻製は最適です。
和風の味付けが多いおせちの中で、スパイシーなパストラミは良いアクセントになります。
「高級感」と「洋風のテイスト」を重箱に加えることで、若い世代にも喜ばれるおせちになるでしょう。
サラダやサンドイッチへの展開
余ったパストラミは、バゲットに挟んでサンドイッチにしたり、サラダのトッピングにしたりするのもおすすめです。
鴨の脂がドレッシング代わりになり、いつものサラダがご馳走に変わります。
軽く炙ってから使うと、脂が溶け出して香りが一層引き立ちます。
まとめ
今回は、冷凍合鴨を使った自家製「鴨の燻製(パストラミ)」のレシピをご紹介しました。
ポイントをまとめます。
- 食材はコスパの良い「冷凍合鴨(紅茶鴨など)」で十分高級感が出せる
- パストラミのポイントは、たっぷりのブラックペッパー
- 燻製前の「乾燥」をしっかり行うことが成功の鍵
- 燻製後は一晩寝かせて、香りを馴染ませる
手間と時間はかかりますが、完成した時の感動と、口に入れた時の幸福感は、何物にも代えがたいものがあります。
保存料を使わない、素材の味を活かした自家製の贅沢。
次の休日は、キッチンから漂う燻製の香りと共に、自分を取り戻すような豊かな時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。



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