噛むほどに旨い!牛赤身肉で作る本格ビーフジャーキーの脱水と燻煙テクニック

食材・レシピ

長野県安曇野市、築40年になるこの借家に移り住んでから、夜の過ごし方が少し変わりました。

かつて東京でコピーライターとして働いていた頃は、常に何かに追われ、コンビニで買ったつまみを流し込むような毎日でした。

けれど今は、静かな夜の時間に、自分で育てた「干し肉」を少しずつ噛みしめることが、何よりの贅沢だと感じています。

ビーフジャーキー。

それは単なる保存食ではなく、噛むほどに肉の旨味と、燻された煙の記憶が滲み出てくる、大人のための嗜好品です。

ただ、肉を干して常温で扱うことには、腐敗や食中毒という見えないリスクが常につきまといます。

私の最優先する価値観は「安全・健康・丁寧さ」です。

「誰でも絶対に失敗しない」とは言いませんが、食品科学の知識と、ここ安曇野での数々の失敗経験に基づいた、現時点で最も安全で美味しいと思う作り方をご紹介します。

手間をかけて水分を抜き、香りをまとわせるその工程は、忙しい日々で擦り切れた自分を取り戻す「小さな儀式」のようなものです。

 

ビーフジャーキー作りは「肉選び」と「脱水」が9割

美味しいジャーキーが作れるかどうかは、スーパーでの肉選びと、その後の水分コントロールでほぼ決まると言っても過言ではありません。

まずは、ビーフジャーキーに適した食材選びの基準を、理屈と一緒に頭に入れておきましょう。

 

なぜ「赤身」なのか?脂身を避ける科学的な理由

ビーフジャーキーを作るとき、霜降り肉のような脂の多い部位は避けるのが鉄則です。

理由はシンプルで、脂(脂肪分)は水分が抜けにくく、酸化しやすいからです。

脂身は乾燥してもあまり小さくならず、時間が経つと独特の酸化臭(古くなった油のにおい)を発するようになります。

また、脂部分は燻煙の香りも乗りにくく、保存性も著しく下がってしまいます。

私たちが目指すのは、噛むほどに赤身の鉄分と旨味が滲み出てくるような、野性味あふれるジャーキーです。

そのためには、脂肪ができるだけ少ない「完全な赤身」を選ぶことが、成功への第一歩です。

 

失敗しない部位の選び方(牛モモ肉一択)

では、具体的にどの部位を買えばいいのか。

スーパーに並んでいる肉の中で、私が迷わず手に取るのは「牛モモ肉(ブロック)」です。

特に、輸入牛(オージービーフやアメリカンビーフ)のモモ肉は、国産牛に比べて脂質が少なく、赤身の味が濃いため、ジャーキー作りには最適です。

価格も手頃なので、失敗を恐れずに挑戦できるのも嬉しいポイントです。

もしブロック肉が手に入らない場合は、焼肉用の厚切り肉でも代用できますが、ステーキ用などの厚みがある肉を自分でスライスした方が、好みの食感に調整しやすいでしょう。

肉の繊維に沿って切れば「裂けるような食感」に、繊維を断ち切るように切れば「噛み切りやすい食感」になります。

自分の顎と相談しながら、切り方を決めるのも自家製の楽しみです。

 

最重要工程「脱水」を極める

味付け(ソミュール液への漬け込み)も大切ですが、ビーフジャーキー作りで最も神経を使うべきなのは「脱水(乾燥)」の工程です。

肉に含まれる水分(自由水)を極限まで減らすことで、保存性を高め、旨味を凝縮させることができます。

食品衛生法などの基準においても、保存性の高い「乾燥食肉製品」として認められるには、細菌が繁殖しやすい「水分活性(Aw)」を0.87未満に抑えることが求められています。つまり、感覚的に乾かすのではなく、細菌が利用できる水分(自由水)を物理的に奪うことが、科学的にも腐敗を防ぐ唯一の道なのです。

(出典/参考リンク) 厚生労働省:食肉製品の規格基準(参考資料)

 

干し肉作りで「ピチット」を推す理由

私が自家製ジャーキーを作るとき、必ずと言っていいほど使う道具があります。

それが、脱水シートの「ピチット」です。

食品用脱水シートで肉を包んで冷蔵庫に入れておくだけで、浸透圧の力を使って、肉の内部にある余分な水分と臭みを強力に吸い取ってくれます。

メーカーの公式情報によると、このシートは水あめの浸透圧を利用しており、旨味成分(アミノ酸など)は分子が大きいため肉の中に残しつつ、分子の小さい水と臭み成分(アンモニアなど)だけを選択的に吸収する仕組みになっています。

「外に干して風に当てるのが本来の作り方ではないか?」と思う方もいるかもしれません。

確かに、ここ安曇野のような冷涼な地域で、冬場の乾燥した晴天であれば、ネットに入れて天日干しをする「風乾」も可能です。

しかし、日本の気候、特に雨の日や気温が高い日などは、外干しには雑菌繁殖のリスクがつきまといます。

ハエなどの虫が卵を産み付けるリスクもゼロではありません。

その点、脱水シートを使えば、冷蔵庫という低温かつ衛生的な環境で、確実に水分を抜くことができます。

私は、自分が実際に使っていない道具や、安全性が不確かな方法は安易に推さないと決めています。

この方法は多少のコストはかかりますが、数千円分の肉を腐らせてしまうリスクを考えれば、決して高い投資ではありません。

(出典/参考リンク) オカモト株式会社:ピチットの仕組み(浸透圧のパワー)

 

オーブンを活用した仕上げ乾燥

燻製の前、あるいは燻製が終わった後に、オーブンを使ってさらに脱水を進めるのも有効なテクニックです。

低温(100℃以下)のオーブンでじっくりと加熱することで、殺菌を兼ねつつ、好みの硬さまで水分を飛ばすことができます。

ちなみに、厚生労働省による食肉の衛生基準では、食中毒菌を死滅させるために「中心温度75℃で1分間以上の加熱」と同等の処理が必要とされています。自家製ジャーキーで安全性を確保するためにも、燻製後のオーブン加熱でしっかりと熱を通す工程は非常に重要です。

特に「市販品のようにカチカチに硬いジャーキーが好き」という場合は、脱水シートのあとにオーブン乾燥を組み合わせることで、理想の食感に近づけることができます。

(出典/参考リンク) 厚生労働省:お肉はよく焼いて食べよう

 

本格ビーフジャーキーの作り方【実践編】

それでは、具体的な作業工程に入っていきましょう。

時間はかかりますが、作業自体はシンプルです。

 

1. 肉のカットと下処理

買ってきた牛モモブロック肉を、5mm〜7mm程度の厚さにスライスします。

厚すぎると乾燥に時間がかかりすぎて中心部が傷む原因になり、薄すぎると干したときにパリパリになりすぎてしまいます。

スライスしたら、フォークで肉全体を数箇所刺して、味が染み込みやすいようにしておきましょう。

 

2. ソミュール液(漬け込み液)を作る

味の決め手となる漬け込み液を作ります。

基本のベースは醤油と赤ワインです。

そこに、ブラックペッパーを「少し多すぎるかな」と思うくらい挽いて入れるのが、スパイシーに仕上げるコツです。

お好みで、ガーリックパウダー、オニオンパウダー、一味唐辛子などを加えても面白いでしょう。

ジッパー付きの保存袋に肉と調味液を入れ、空気を抜いて口を閉じ、冷蔵庫で一晩(8〜12時間)寝かせます。

 

3. 塩抜きと徹底的な脱水

翌日、肉を袋から取り出し、流水で表面の調味液をさっと洗い流します。

そして、キッチンペーパーで表面の水気をしっかりと拭き取ってください。

ここからが勝負です。

脱水シート(ピチット)に肉同士が重ならないように並べ、きっちりと密着させて包みます。

そのまま冷蔵庫に入れ、最低でも24時間、カチカチを目指すなら48時間ほど脱水します。

途中、シートが水分でぶよぶよになったら、新しいシートに交換してください。

この「脱水」をサボると、燻製中に酸味が出たり、保存中にカビが生えたりする原因になります。

肉の色がどす黒い赤紫色になり、触った感触がゴムのように硬くなっていれば、脱水完了のサインです。

 

4. 燻煙(温燻〜熱燻)

脱水が完了した肉を、燻製器の網に並べます。

ビーフジャーキーの場合、燻製温度は60℃〜80℃程度の「温燻」から、やや高めの温度帯で燻すのが一般的です。

スモークチップは、肉との相性が良い「サクラ」や「ヒッコリー」がおすすめです。

燻煙時間は60分〜90分程度。

色づきを見ながら調整してください。

温度計を使い、庫内の温度が上がりすぎないよう(肉が焼けすぎないよう)、また下がりすぎないよう注意します。

もし、温度管理が難しい簡易的な燻製器を使う場合は、短時間(10〜15分)で強めに煙をかけ(熱燻)、そのあとオーブンで低温加熱して仕上げるという「ハイブリッド方式」も安全でおすすめです。

燻製が終わったら、すぐに食べるのではなく、風通しの良い場所(または冷蔵庫)で半日ほど寝かせ、煙の角を取って味を馴染ませます。

 

保存方法と賞味期限の考え方

完成したビーフジャーキーは、市販品のように常温で何ヶ月も持つわけではありません。

自家製には保存料が入っておらず、脱水率も市販品ほど極限まで高められていないことが多いからです。

 

自家製だからこそ「過信」は禁物

基本の保存場所は「冷蔵庫」です。

ジッパー付きの保存袋に入れ、なるべく空気を抜いて保存し、1週間〜2週間を目安に食べきりましょう。

もし大量に作って長期保存したい場合は、1回分ずつ小分けにして「冷凍保存」するのが最も安全で、風味も落ちにくい方法です。

食べる直前に自然解凍するか、トースターで軽く炙れば、出来たての香りが蘇ります。

自分の手で作ったものだからこそ、最後の管理まで責任を持つ。

それもまた、火と煙のある暮らしを楽しむための大切なマナーだと私は思っています。

 

まとめ:噛みしめる時間は、自分を取り戻す時間

ビーフジャーキー作りは、ひたすら「待つ」料理です。

肉を漬け込み、冷蔵庫で脱水を待ち、煙の前で香りがつくのを待つ。

その長い時間のほとんどを、私たちはただ見守ることしかできません。

かつて広告業界で働いていた頃の私は、この「待つ」という時間が何よりも苦手でした。

すぐに結果を出さなければ、すぐに正解を見つけなければと、いつも焦っていたように思います。

けれど今、こうして安曇野の夜に、時間をかけて水分を抜き、旨味だけを残した肉片を口に放り込み、奥歯でギュッと噛みしめると、不思議と心が落ち着いてきます。

濃厚な肉の味と、鼻に抜ける燻煙の香り。

それは、早く強く刺さる言葉ではありませんが、じわじわと身体の奥に効いてくる、煙のような滋味です。

牛モモ肉のブロックを見つけたら、ぜひ一度、手に取ってみてください。

ピチットで包んで待つ数日間が、あなたの心に静かな火を灯し、週末の晩酌を最高のものに変えてくれるはずです。

 

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