スーパーの精肉売り場ではなかなか見かけない、キロ単位の巨大な肉の塊。
コストコなどで手に入る「牛タンブロック」を家に持ち帰る時の、あのずっしりとした重みは、これから始まる「特別な時間」の合図のような気がします。
焼肉屋の薄切りタンも美味しいけれど、自分で燻せば、厚さも、風味も、すべてが自由です。
ただ、牛タンの燻製は、正直に言って少し手間がかかります。
下処理を急げば臭みが残り、火入れを間違えればゴムのように硬くなってしまうこともあるからです。
けれど、時間をかけて血を抜き、丁寧に火を通し、煙をまとわせたその一切れは、お店では決して味わえない「至福」を連れてきてくれます。
今回は、コストコの牛タンブロックを使って、自宅で極厚のスモークタンを作る方法を、失敗しないための「下処理」と「温度管理」を中心に書き残しておきます。
週末、誰にも急かされることなく、肉と煙に向き合う時間を楽しんでみてください。
塊肉と向き合う時間。コストコの牛タンブロックを選ぶ理由
燻製を作る時、私はあえてスライスされた肉ではなく、ブロック(塊肉)を選ぶことが多いです。
特に牛タンに関しては、その理由がはっきりしています。
なぜ「スライス」ではなく「ブロック」なのか
最大の理由は、「自分好みの厚さ」という贅沢を手に入れるためです。
市販のスライスされた牛タンは、燻製にするには少し薄すぎることが多く、燻すと水分が抜けてビーフジャーキーのようにパサパサになってしまうことがあります。
ブロックであれば、燻製にした後、贅沢な厚切りにして、サクッとした歯切れと溢れる肉汁を楽しむことができます。
また、空気に触れる面積が少ない状態で調理を進めるため、酸化を防ぎ、肉本来の旨味を内側に閉じ込められるのも、ブロックならではの利点です。
コストコという選択肢
牛タンのブロックを手に入れようと思った時、コストコ(Costco)は非常に優秀な選択肢になります。
一般的なスーパーではスライス済みが主流ですが、コストコでは「USAチルドビーフ タン厚切り焼肉用」の他に、真空パックされた「皮なしタン(剥きタン)」のブロックが常時販売されていることが多いからです。
下処理の中でも特に大変な「皮むき」が済んでいるものを選べば、家庭でのハードルはぐっと下がります。
あの大きなパックをカートに入れる時の高揚感もまた、燻製という儀式の一部なのかもしれません。
焦らず、ゆっくり。燻製牛タンの下処理と血抜き
牛タンの燻製において、燻煙の時間よりも重要なのが、この「下処理」の工程です。
牛タンは筋肉の塊であり、内臓肉特有のクセがあります。
ここで手を抜くと、仕上がりが「硬い」「臭い」という残念な結果になってしまいます。
「血抜き」が味の透明感を決める
買ってきた牛タンブロックは、まず袋から出し、流水で表面を洗います。
その後、大きめのボウルや鍋に水を張り、肉を沈めて「血抜き」を行います。
肉に含まれる余分な血液を抜くことで、独特の臭みが消え、燻製の香りが綺麗に乗るようになります。
水が赤く染まったら捨てて、新しい水に入れ替える。
これを2〜3回繰り返し、水が透き通ってくるまで、およそ半日から一晩、冷蔵庫の中でゆっくりと待ちます。
この「待つ時間」もまた、美味しいものを作るための必要な助走です。
血管とスジの処理
血抜きが終わったら、キッチンペーパーで水気をしっかりと拭き取ります。
次に、ブロックの裏側(舌の裏側にあたる部分)にある太い血管や、硬いスジを取り除きます。
血管の中に血が残っていると、そこから傷みやすくなり、味も落ちてしまいます。
血管の切り口を見つけたら、包丁の先や指で押し出すようにして、残っている血を取り除いてあげてください。
少し面倒に感じるかもしれませんが、この一手間が、食べた時の雑味のなさに繋がります。
ソミュール液への漬け込み
下処理が済んだら、味のベースとなる「ソミュール液(塩水)」に漬け込みます。
※長期間の漬け込みを行う際は、雑菌の繁殖を防ぐため、清潔な調理器具を使用し、冷蔵庫内の温度管理(10℃以下)を徹底してください。
(出典/参考リンク) 家庭でできる食中毒予防の6つのポイント(厚生労働省)
【基本のソミュール液(目安)】
- 水:1000ml
- 塩:100〜150g(塩分濃度10〜15%)
- 砂糖:30g(三温糖などがおすすめ)
- ハーブ・スパイス:黒胡椒、ローリエ、ニンニク、コリアンダーなどお好みで
これらを鍋で一煮立ちさせて冷ました液に、牛タンを漬け込みます。
ジップロックなどの密閉袋を使い、空気を抜いて冷蔵庫で3〜5日ほど寝かせます。
ゆっくりと塩を浸透させることで、肉の組織が変化し、保存性が高まると同時に、ハムのようなしっとりとした食感が生まれます。
柔らかさを生む「ボイル」と「乾燥」の工程
漬け込みが終わった牛タンを、すぐに煙に当ててはいけません。
塩辛さを抜くための「塩抜き」と、柔らかく仕上げるための「ボイル(茹で)」が必要です。
塩抜きとボイル(茹で)
漬け込んだ肉を流水にさらし、端を少し切って焼いて味見をしながら、ちょうど良い塩加減になるまで塩を抜きます(流水で3〜6時間程度)。
その後、たっぷりの水に香味野菜(ネギの青い部分や生姜)と一緒に入れ、沸騰しない程度のお湯(70〜80℃くらい)で1時間半〜2時間ほど茹でます。
牛タンは、生のまま燻製器で熱を加えるだけでは、中まで火が通る前に表面が硬くなってしまうことがあります。
先に低温でじっくりボイルすることで、驚くほど柔らかく、かつ安全に火を通すことができます。
竹串がスッと通るくらいの柔らかさになれば、茹での工程は完了です。
なお、牛タンなどのブロック肉を調理する際は、食中毒防止のために中心部まで十分に加熱することが重要です。厚生労働省では、食肉の加熱基準として「中心部が75℃で1分間以上」、またはこれと同等の加熱(例えば63℃で30分間以上)を推奨しています。ボイルの際は、この基準を目安にしっかりと火を通しましょう。
(出典/参考リンク) お肉はよく焼いて食べよう(厚生労働省)
風乾で表面を乾かす
茹で上がった牛タンは、水分を多く含んでいます。
そのまま燻すと、水分と煙が反応して酸っぱくなってしまうため、「乾燥(風乾)」が欠かせません。
キッチンペーパーで水気を拭き取り、脱水シート(ピチットシートなど)に包んで冷蔵庫で一晩寝かせるか、風通しの良い日陰で数時間干します。
表面がサラッとして、指で触れても水分がつかない状態になれば、いよいよ燻煙の準備が整いました。
いよいよ燻煙。煙と対話する時間
ここからが、燻製器の出番です。
すでにボイルで火は通っているので、ここでの目的は「香り付け」と「表面の脱水・殺菌」になります。
温燻でじっくり香りをまとわせる
燻製器の温度は、50℃〜70℃程度の「温燻(おんくん)」をキープします。
すでに中まで火は通っていますが、2時間〜3時間ほどかけて、ゆっくりと飴色になるまで燻します。
温度が高すぎると、せっかく柔らかくした肉が締まって硬くなってしまうので、温度計を見ながら、熱くなりすぎないように注意してください。
おすすめのチップ
牛タンのようなしっかりとした赤身肉には、香りの強い「サクラ」や「ヒッコリー」のチップがよく合います。
個人的には、サクラをベースに、少しだけピート(泥炭)パウダーを混ぜて、ウイスキーに合うような重厚な香りに仕上げるのが好きです。
ベランダで燻す場合、煙の匂いが近隣の迷惑にならないよう、風向きや時間帯には十分に配慮しましょう。
また、燻製器は低温であっても「火気」を使用します。総務省消防庁も住宅火災への注意を呼びかけていますので、燻製中は絶対にその場を離れず、万が一のために消火用の水を用意するなど、安全対策を万全にして楽しみましょう。
(出典/参考リンク) 住宅防火関係(総務省消防庁)
食べる直前の儀式。スライスと実食
燻し上がった直後の牛タンは、煙の香りが強すぎて、少しエグみを感じることがあります。
できれば冷蔵庫で一晩寝かせて、煙を肉に馴染ませてから食べるのがおすすめです。
繊維を断つように切る
食べる時は、包丁を入れる角度を意識してみてください。
牛タンの繊維に対して垂直に、繊維を断ち切るように包丁を入れると、厚切りでもサクッと噛み切れる食感になります。
逆に、繊維に沿って切ってしまうと、噛みきれずに硬く感じてしまうことがあります。
炙りで脂を溶かす
スライスしたスモークタンは、そのままでも美味しいですが、食べる直前にバーナーやフライパンでさっと炙ることを強くおすすめします。
熱を加えることで、冷えて固まっていた脂が溶け出し、燻製の香りも再び立ち上がります。
レモンを少し絞って、黒胡椒を挽けば、もう他には何もいりません。
まとめ:手間をかけた分だけ、夜は豊かになる
コストコの大きな牛タンブロックを燻製にする工程は、決して「時短」や「簡単」ではありません。
血抜きに時間をかけ、塩漬けに数日を費やし、茹でて、乾かして、ようやく煙に当てる。
完成までに一週間近くかかることもあります。
けれど、そうして時間をかけて育てた「極厚の牛タン燻製」を口に運んだ時、市販品では感じられない、肉の力強い旨味と、透き通った脂の甘みに気づくはずです。
「硬い」「臭い」といった失敗も、丁寧な下処理と温度管理さえ守れば、必ず避けることができます。
次の休日は、大きな肉の塊と、静かな煙に向き合ってみてはいかがでしょうか。
その手間暇のすべてが、あなたの一杯を、最高のものにしてくれるはずです。



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