燻製の成功率は「温度計」で決まる。失敗しない温度管理とサーモスタット導入ガイド

道具

ベランダに出ると、夜の空気が一瞬だけ、胸の奥まで入り込んでくる。

安曇野の夜は静かで、時折聞こえるのは風の音と、燻製器の中でチップが爆ぜるかすかな音くらいです。

煙を眺める時間は至福ですが、ふと、そんな静寂を破るように不安がよぎることはないでしょうか。

「今は何度なんだろう」

「火が強すぎて、食材が焦げていないかな」

「逆に温度が低すぎて、生焼けになっていたらどうしよう」

私も最初の頃は、なんとなくの手探りで火加減を調整し、蓋を開けては一喜一憂していました。

結果、酸っぱくなったり、パサパサになったり、あるいは中まで火が通っていなくてヒヤッとしたり。

そんな「ギャンブルのような燻製」から卒業させてくれたのが、一本の温度計でした。

温度計は、燻製における「地図」のようなものです。

今、自分がどこにいるのかが分かれば、迷うことも、焦ることもなくなります。

この記事では、燻製の仕上がりを劇的に変える「温度計の選び方」と、さらに一歩進んだ「電熱器とサーモスタットを使った自動温度管理」について、私の経験を交えながらお話しします。

感覚に頼るのをやめて、数値という安心を手に入れてみませんか。

 

燻製に「温度計」が必須である2つの理由

「初心者のうちは、そこまで道具を揃えなくてもいいのでは?」と思うかもしれません。

しかし、むしろ初心者の方にこそ、温度計は必須のアイテムだと私は考えています。

理由は大きく分けて、「風味のコントロール」と「安全性の確保」の2点にあります。

 

味と香りを決める「3つの温度帯」

燻製には、大きく分けて3つの製法があります。

30℃以下の煙でじっくり香りをつけ、保存性を高める「冷燻(れいくん)」。

50〜80℃程度で、水分を抜きながら旨味を凝縮させる「温燻(おんくん)」。

そして、80〜120℃以上の高温で、一気に焼き上げながら香をつける「熱燻(ねっくん)」。

これらは明確に温度で区別されています。

もし、「温燻」でベーコンを作ろうとしているのに、気がつかないうちに庫内が100℃を超えていたらどうなるでしょうか。

脂は溶け出し、肉は縮み、ただの「煙臭い焼き豚」になってしまいます。

逆に温度が低すぎれば、いつまで経っても色がつかず、雑菌が繁殖しやすい環境を長く作ることになります。

作りたい燻製に合わせた温度帯をキープすること。

これが、美味しい燻製を作るための最短ルートなのです。

特に、温度が低い「温燻」や「冷燻」に近い調理を行う場合は、設定温度と食材内部の温度にズレが生じやすいため、食品安全委員会が公開している「食肉の低温調理」に関する科学的データなども参考に、慎重な温度管理を行うことをおすすめします。

(出典リンク) 食肉の低温調理 | 食品安全委員会

 

「食中毒」という見えないリスクを防ぐ

もう一つ、私たちが忘れてはいけないのが「食の安全」です。

スーパーで買った食材をそのまま食べるのと違い、自家製の燻製はすべて自己責任の世界です。

特に肉や魚を扱う場合、食中毒の原因菌を死滅させるための「加熱温度」と「加熱時間」の管理は避けて通れません。

例えば、多くの細菌は75℃で1分以上加熱することで死滅すると言われています(※食材や菌の種類により異なります)。

実際に、政府広報オンラインでも食中毒予防の原則として「中心部を75℃で1分間以上の加熱」が推奨されており、お肉の見た目だけで判断せず、中心温度を確認することが重要視されています。

食品科学を学んでいた頃、講義で何度も聞いたのは「見えないリスクを、感覚で判断することの怖さ」でした。

「なんとなく熱そうだから大丈夫」という判断は、自分だけでなく、一緒に食卓を囲む大切な人を危険に晒すことになりかねません。

温度計の数字は、そんな見えないリスクから私たちを守ってくれる防波堤でもあるのです。

(出典リンク) 食中毒予防の原則と6つのポイント – 政府広報オンライン

 

失敗しない燻製用温度計の選び方

もし75℃までの加熱が難しいレシピ(しっとりと仕上げたい温燻など)の場合でも、厚生労働省の基準では「63℃で30分間」など、75℃1分と同等の加熱殺菌条件が示されています。こうした正確な基準を知るためにも、温度計は欠かせません。

では、実際にどのような温度計を選べばよいのでしょうか。

ホームセンターやネットショップを見ると、数百円のものからプロ仕様のものまで、様々な種類が並んでいます。

私が実際にいくつか使ってみて感じた、選び方のポイントを整理します。

(参考リンク) 食肉の加熱条件に関するQ&A – 厚生労働省

 

アナログ式か、デジタル式か

まず迷うのが、昔ながらの針で指す「アナログ式(バイメタル式)」か、液晶で表示される「デジタル式」かという点です。

燻製の雰囲気を大切にしたい方には、アナログ式が似合います。

燻製器に突き刺さった丸いメーターは、それだけで「実験」のようなワクワク感がありますし、電池切れの心配もありません。

一方、実用性を重視するならデジタル式に軍配が上がります。

現在の温度がパッと見て分かりますし、何より「設定温度アラーム」機能がついているものが便利です。

「80℃を超えたら音が鳴る」ように設定しておけば、ずっと温度計を睨みつけている必要がありません。

読書をしたり、コーヒーを淹れたりしながらでも、安心して温度管理ができます。

 

センサー(プローブ)の形状と長さ

もう一つ重要なのが、温度を感知する棒の部分、つまりセンサーの長さです。

燻製器のサイズに対してセンサーが短すぎると、外気温の影響を受けやすい壁際の温度ばかりを測ることになってしまいます。

理想は、食材が置かれている「庫内の中心付近」までセンサーが届くことです。

また、センサーと表示部がコードで繋がっているタイプ(セパレート型)は非常に使い勝手が良いです。

これなら、燻製器の隙間から細いコードを通すだけで、手元で温度を確認できます。

わざわざ燻製器の蓋を開けて温度計を確認する必要がないため、庫内の温度を下げてしまう失敗も防げます。

 

道具への投資:「サーモスタット」と「電熱器」の世界

ここからは、少しステップアップしたお話です。

もしあなたが、「もっと安定して、お店のようなクオリティの燻製を作りたい」と思っているなら、「サーモスタット」と「電熱器」の導入を検討してみてもいいかもしれません。

これは、私が燻製沼に深くハマるきっかけとなった機材たちです。

 

「火」を使わないという選択肢

通常、燻製の熱源にはガスコンロや炭、スモークウッドを使います。

しかし、これらは風の影響を受けやすく、火力の微調整が非常に難しいのが難点です。

そこで登場するのが「電熱器(電気コンロ)」です。

電気で熱を作るため、立ち消えの心配がなく、煙を出さずに熱源として機能してくれます(チップは電熱器の上の皿で炙られます)。

ただ、電熱器単体では「ずっと加熱し続ける」ことしかできません。

放っておけば温度は上がり続けてしまいます。

そこで、電熱器の相棒として必要になるのが「サーモスタット」です。

 

サーモスタットは「燻製器の脳みそ」

サーモスタットとは、設定した温度に合わせて、自動で電源をオン・オフしてくれる制御装置のことです。

仕組みはとてもシンプルです。

まず、サーモスタットのコンセントに電熱器を繋ぎます。

そして、サーモスタットの温度センサーを燻製器の中に入れます。

例えば「60℃」に設定したとしましょう。

庫内の温度が60℃より低ければ、サーモスタットが電熱器に電気を流し、加熱します。

温度が上がって60℃に達すると、カチッという音とともに電気が止まり、加熱がストップします。

そしてまた温度が下がってくると、自動でスイッチが入るのです。

つまり、私たちは最初に温度を設定するだけ。

あとは機械が勝手に、庫内を理想の温度に保ち続けてくれるのです。

この「放置できる安心感」は、一度味わうと手放せません。

特に、数時間を要する温燻や、温度管理がシビアなスモークサーモン(冷燻)などに挑戦する際、サーモスタットは最強の味方になります。

 

自作・調整時の注意点と温度管理のコツ

便利な機材ですが、ただ買ってきたものを繋げば完璧、というわけではありません。

私が暮らす安曇野の冬は寒く、風も強いため、機材の調整には色々と苦労してきました。

実際に運用する上で、気をつけておきたいポイントをお伝えします。

 

センサーの位置がすべてを決める

温度計やサーモスタットを使う際、最も重要なのは「どこを測るか」です。

熱は上にたまります。

そのため、食材よりも高い位置にセンサーがあると、表示温度は「80℃」なのに、食材の周りはまだ「60℃」しかない、ということが起こります。

逆に、熱源に近すぎれば、実際の庫内温度よりも高く表示されてしまいます。

基本は「食材と同じ高さ」で、「食材に触れない位置」にセンサーを固定すること。

私は、100円ショップで買ったクリップや針金を使って、網のすぐ横にセンサーが来るように工夫しています。

 

外気温と風の影響を計算に入れる

どれだけ優秀なサーモスタットを使っていても、外気温の影響を完全にゼロにはできません。

特に冬場や風の強い日は、燻製器(特にダンボールや一斗缶などの自作燻製器)の保温性が低いと、電熱器のパワーが負けてしまい、設定温度まで上がらないことがあります。

そんなときは、燻製器全体を不燃性のシートで覆ったり、風防を使ったりして、熱を逃がさない工夫が必要です。

逆に夏場は、電熱器がオフになっても余熱で温度が上がりすぎることがあります。

「道具任せ」にするのではなく、その日の天気や気温に合わせて、少し手を貸してあげる。

築古の家をDIYで直しながら暮らしていると痛感するのですが、環境に合わせて手を動かすというアナログな調整もまた、暮らしや燻製の楽しみの一つだと私は思っています。

 

まとめ:温度を知ることは、食材への優しさ

最後に、今回のお話をまとめます。

燻製における温度管理の要点

  1. **3つの温度帯(冷燻・温燻・熱燻)**を正確に守ることで、失敗なく美味しい燻製が作れる。
  2. 食中毒のリスクを回避するためにも、感覚ではなく数値での管理が必要不可欠。
  3. 温度計は、食材の中心付近の温度が測れる、センサーコード付きのデジタル式がおすすめ。
  4. 電熱器とサーモスタットを導入すると、長時間の温度管理が自動化され、クオリティが安定する。
  5. センサーの位置は食材と同じ高さに設置し、外気温や風の影響も考慮して調整する。

道具を揃えることに対して、「趣味なのにそこまでしなくても」と感じる方もいるかもしれません。

でも、私はこう思います。

良い道具は、私たちに「余裕」をくれます。

火加減を心配してずっとコンロの前に張り付いている時間を、読みかけの本を読んだり、空を眺めたりする時間に変えてくれます。

そして何より、適切な温度で丁寧に燻された食材は、驚くほど正直に、美味しい味で応えてくれます。

あなたが次に作る燻製が、今までで一番の出来栄えになりますように。

煙の向こう側にある「安心」を、ぜひ手に入れてみてください。

 

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