飲み物も燻製に!卓上冷燻機「フードスモーカー」の使い方と楽しみ方

道具

安曇野の夜は、静かだ。

古い一軒家の窓から外を眺めると、漆黒の闇が広がっている。

仕事を終えてソファに沈み込むとき、手元に好きなお酒が一杯あるだけで、救われたような気持ちになることがある。

いつものウイスキーやハイボール。

そのグラスに、ほんの少し「煙の香り」を足すだけで、まるで静かなバーのカウンターに座っているような、深い余韻が生まれることをご存知だろうか。

今回は、そんなささやかな贅沢を卓上で手軽に叶えてくれる「フードスモーカー(冷燻機)」について話をしたい。

「燻製」と聞くと、ベランダで大きな道具を広げて……と身構えてしまうかもしれない。

かつて私もそうだった。

けれど、この小さな機械は、ほんの数分で、しかも食材に熱を通さずに香りだけをまとわせることができる。

チーズやナッツはもちろん、液体であるお酒や醤油まで燻製にできてしまう「瞬間燻製」の世界。

その仕組みや使い方、そして選び方のポイントを、私の実体験と、少しばかりの食品科学の視点を交えて紐解いていく。

 

卓上冷燻機「フードスモーカー」とは?仕組みと特徴

まず、「フードスモーカー」という道具が、一般的な燻製器とどう違うのかを整理しておこう。

通常の燻製は、食材を下から熱源で炙り、その熱と煙で調理する。

対してフードスモーカーは、本体でチップを燃やし、発生した煙をファンとチューブを使って食材へ送り込む仕組みになっている。

熱源と食材が離れているため、チューブを通る間に煙が冷やされる。

その結果、食材に熱が入らず、生の食材や溶けやすいものにも香りづけができるのだ。

 

 

 

本来の「冷燻」と「瞬間燻製」の違い

ここでひとつ、言葉の定義について触れておきたい。

専門的な食品科学の分野における「冷燻(れいくん)」は、本来、20℃以下の低温で数日から数週間かけてじっくりと水分を抜き、保存性を高める高度な技法を指す。

スモークサーモンや生ハムなどがこれに当たる。

一方で、フードスモーカーで行うのは、あくまで「冷たい煙で香りをつけること」だ。

一般的にはこれも「冷燻」と呼ばれるが、厳密には「瞬間燻製」や「冷燻法による香りづけ」と呼ぶ方が正確かもしれない。

食材の水分が抜けて保存性が高まるわけではないので、「香りを楽しむための調理法」だと捉えておくと、失敗やすれ違いが少なくなるはずだ。

ちなみに、農林水産省の定義においても、本来の燻製は「貯蔵性を高める食品保存の知恵」とされています。水分を抜いて煙の成分を浸透させる工程があってこその「保存食」であり、香りづけだけのフードスモーカーとは目的が異なる点を理解しておきましょう。

(参考リンク) くん製品 | にっぽん伝統食図鑑:農林水産省

 

どんな食材に向いているか

フードスモーカーの最大の特徴は、「熱に弱い食材」や「液体」を扱えることだ。

たとえば、熱燻や温燻では溶けてしまうようなフレッシュチーズやチョコレート。

火を通したくないお刺身(カルパッチョ)や、生野菜のサラダ。

そして何より、ウイスキーやカクテルなどの「飲み物」だ。

これらに、ほんのりとした薪の香りをまとわせることができるのが、この道具ならではの魅力といえる。

 

基本的な使い方|チップのセットから着火まで

フードスモーカーの使い方は、驚くほどシンプルだ。

大掛かりな準備は必要なく、キッチンの片隅やダイニングテーブルの上で完結する。

ここでは、基本的な手順と、きれいに香りをつけるためのコツを紹介しよう。

 

準備するものとセッティング

まず、燻製したい食材を用意する。

食材を密閉するための容器が必要になるが、専用のドームがなくても、家庭にあるボウルとラップ、あるいはジップロックなどの密閉袋で十分に代用可能だ。

フードスモーカー本体には、少量のスモークチップ(ひとつまみ程度)をセットする。

多くの機種は電池式なので、コードを気にする必要もない。

 

煙を送り込む手順

準備ができたら、本体のスイッチを入れてファンを回す。

チップにライターで火をつけると、ファンが煙を吸い込み、チューブの先から白い煙が勢いよく流れ出てくる。

このチューブの先端を、食材を入れたボウルや袋の中に差し込む。

容器の中が真っ白な煙で充満したら、チューブを抜いて、煙が逃げないように素早く密閉する。

あとはそのまま、食材や好みに合わせて3分から10分ほど待つだけだ。

この「待つ時間」に、煙が食材の表面に定着していく。

ベランダで空を見上げる時間も好きだが、卓上でボウルの中の煙が揺らぐのをぼんやり眺める時間も、意外と悪くない。

 

室内で使用する際の注意点

卓上でできるとはいえ、煙を出すことには変わりない。

換気扇の下で行うか、窓を開けて換気を良くした状態で使うことを強くおすすめする。

わずかな煙であっても、一酸化炭素や燃焼ガスは発生します。総務省消防庁も室内での火気使用時には適切な換気を呼びかけています。また、住宅用火災警報器(煙感知式)の真下で使用すると誤作動の原因になるため、位置関係にも注意しましょう。

また、短時間とはいえ火を使う作業だ。

不燃性のトレーの上で使用するなど、安全には十分配慮してほしい。

(参考リンク) 住宅防火関係 | 総務省消防庁

 

液体もOK!飲み物を燻製にする楽しみ方

私がフードスモーカーを手に入れて、一番「これはいいな」と感動したのは、お酒への香りづけだ。

いつもの晩酌が、少し特別な体験に変わる。

 

ウイスキー・カクテルへのアプローチ

もっとも手軽で効果を感じやすいのが、ウイスキーだ。

グラスに氷とウイスキーを注ぎ、ラップで蓋をするように覆う。

少し隙間を開けてチューブを差し込み、グラスの中を煙で満たして密閉する。

数分置いてからラップを外して口をつけると、鼻に抜けるスモーキーな香りと、ウイスキー本来の樽の香りが重なり合い、非常に複雑で大人びた味わいになる。

ハイボールにする前のウイスキー原液に煙をかけておくのも良いし、完成したハイボールに軽く煙をくぐらせるのも面白い。

ジントニックやモスコミュールなど、カクテルに「スモーク」という隠し味を加えるのも、バーのような演出になるだろう。

 

醤油やオリーブオイルなどの調味料

飲み物だけでなく、液体の調味料も燻製にできる。

醤油を小皿に入れ、ボウルを被せて煙を充満させれば、即席の「燻製醤油」の完成だ。

これを冷奴やお刺身につけるだけで、一気に料理の奥行きが増す。

オリーブオイルやマヨネーズなども同様に香りづけが可能だ。

大量に作って保存するのには向かないが、「今夜の食事のために少しだけ作る」という使い方には最適だ。

 

フードスモーカーの選び方と「安い」モデルの真実

現在、ネットショップなどで検索すると、数千円の手頃なものから一万円を超える本格的なものまで、様々な機種が見つかる。

「安いモデルでも大丈夫?」と不安になる方もいるかもしれない。

構造自体は「ファンで煙を送る」という単純なものなので、安価なモデルでも燻製すること自体は可能だ。

ただし、長く愛用するつもりなら、いくつかチェックしておきたいポイントがある。

 

メンテナンスのしやすさ

もっとも重要なのは、掃除がしやすいかどうかだ。

燻製の煙には「タール(ヤニ)」が含まれており、使っていくうちにファンや網の部分に茶色い汚れがこびりつく。

この汚れを放置すると、ファンの故障や異臭の原因になる。

パーツが細かく分解できて、チップを置く部分や網を水洗いできるタイプを選ぶと、清潔に使い続けられる。

 

安定性と耐久性

あまりに軽量で安価なモデルは、ホースの重みで本体が倒れやすかったり、モーター音が極端にうるさかったりすることがある。

また、熱を持つ部分の材質が薄いと、変形してしまうリスクもある。

レビューなどを参考に、ある程度重量感があり、作りがしっかりしているものを選ぶのが無難だ。

個人的には、交換用パーツ(フィルターや網)が入手しやすいメーカーのものをおすすめしたい。

 

メリット・デメリットと導入前の心得

最後に、フードスモーカーの良い点と、購入前に知っておいてほしい注意点を整理しておこう。

私は、「絶対にこれを買うべき」と強く勧めることはしない。自分の暮らしに合うかどうか、じっくり考えてみてほしい。

 

メリット:圧倒的な手軽さと演出効果

最大のメリットは、やはり「思い立ったらすぐできる」手軽さだ。

準備から片付けまで含めても15分程度で済む。

また、ホームパーティーなどで目の前で煙を閉じ込めるパフォーマンスをすれば、場が盛り上がること間違いない。

「煙を見る」「香りを楽しむ」というエンターテインメント性が高い道具だ。

 

デメリット:味の深みと保存性

一方で、デメリットとしては「味の浸透度」が挙げられる。

熱燻や温燻のように、熱と時間をかけて食材の内部まで風味を染み込ませるわけではない。

あくまで「表面に香りをまとわせる」のがメインだ。

そのため、食材によっては「香りはするけれど味はいつものまま」と感じることもあるかもしれない。

また、先述した通り、保存性を高める効果はない。

燻製した食材は、その日のうちに食べ切るのが基本だ。

加熱殺菌や乾燥を行わないこの調理法では、細菌の増殖を抑えることはできません。厚生労働省が推奨する「家庭でできる食中毒予防」の原則に則り、食材は新鮮なものを選び、調理後は時間を置かずに食べきるようにしてください。

(参考リンク) 家庭でできる食中毒予防の6つのポイント |厚生労働省

 

まとめ

フードスモーカーは、本格的な保存食を作るための道具というよりは、「日常の食卓に香りのアクセントを加えるための道具」だ。

  • 熱を通さない「冷燻(瞬間燻製)」ができるため、刺身やサラダ、チーズなどが溶けずに楽しめる
  • ウイスキーや醤油などの「液体」に香りをつけられるのが最大の強み
  • 構造はシンプルだが、メンテナンス性(分解洗浄)を重視して選ぶのがおすすめ
  • 保存性は高まらないので、その場で香りを楽しむ「料理の仕上げ」として使う

いつものナッツが、いつものハイボールが、煙を少し浴びるだけで、夜の時間を豊かにしてくれる。

そんな「静かな魔法」をかける杖として、フードスモーカーはとても優秀な相棒になってくれるはずだ。

華やかなイベントがなくてもいい。誰かと盛大に乾杯しなくてもいい。

部屋の明かりを少し落として、立ち上る白い煙と、香りの余韻に向き合うだけで、その日一日の輪郭が少しだけくっきりする。

そんなささやかな時間を、あなたの「燻す日々」にもひとつ、そっと足してもらえたら嬉しい。

 

 

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