「燻製をやってみたいけれど、なんだか難しそう」
そう感じてしまう一番の理由は、きっと「下ごしらえ」の手間にあるのではないでしょうか。
本来、本格的なベーコンやハムを作るには、スパイスを調合してソミュール液を作り、肉を数日間漬け込み、塩抜きをして、風に当てて乾燥させる……といった、気が遠くなるような工程が必要です。
この文字の並びを見ただけで、そっとページを閉じたくなる気持ちもよくわかります。
けれど、すべての燻製にそれが必要なわけではありません。
世の中には、スーパーやコンビニで買ってきて、袋から出して網に並べるだけで、驚くほど美味しくなる食材がたくさんあります。
今回は、そんな「下ごしらえ一切不要」の食材だけを厳選して10個、ご紹介します。
ベランダでビールを開けるその横で、あるいはキャンプ場での最初の一品として。
まずはここから、火と煙のある時間を始めてみませんか。
そもそも、なぜ「下ごしらえなし」で燻製ができるのか
具体的な食材を紹介する前に、少しだけ「燻製のしくみ」について触れておきましょう。
なぜ、本格的な燻製には数日かかるのに、今回の食材は「袋から出すだけ」でいいのでしょうか。
「味付け」と「乾燥」が済んでいるから
燻製の下ごしらえの主な目的は二つあります。
一つは「味をつけること」、もう一つは「水分を抜くこと」です。
煙は水分と相性が悪く、食材が濡れていると酸味が出たり、色がうまくつかなかったりします。
つまり、最初から「味がついていて」、かつ「水分が少ない(あるいは適度に調整されている)」食材を選べば、面倒な工程をすべてショートカットできるのです。
私たちが普段コンビニやスーパーで目にする「加工食品」や「乾き物」は、まさにこの条件を満たした燻製のための優等生たちです。
コンビニで完結。袋から出してすぐ網に乗せるだけの「定番食材」4選
まずは、誰がやっても失敗しにくい、王道の食材たちです。
燻製器を買ったばかりなら、まずはここから試してみてください。
1. プロセスチーズ
燻製といえばチーズ、というくらい間違いのない組み合わせです。
中でも「プロセスチーズ」は熱に比較的強く、溶け落ちにくいので初心者の方に特におすすめです。
表面の水分もほとんどないので、パッケージをむいてそのまま網に乗せるだけで大丈夫です。
6Pチーズやベビーチーズなど、あらかじめカットされているものを選ぶと、煙が触れる面積が増えて、より香ばしく仕上がります。
冷たい金属の網に並べて10分も燻せば、表面が美しい飴色に変わり、いつものチーズが高級なおつまみに化けます。
(出典/参考リンク) 一般社団法人日本乳業協会「チーズの基礎知識(種類・分類)」
2. 味付きゆで卵
本来、燻製卵(くんたま)を作るには、ゆで卵をめんつゆなどに一晩漬け込む必要があります。
けれど、「今すぐ食べたい」という気分のときに、昨日の自分に仕込みを頼むことはできません。
そんなときは、コンビニに売っている「味付きゆで卵」を使いましょう。
すでに絶妙な塩味がついていて、黄身の固さも完璧です。
殻をむいて、キッチンペーパーで表面の水気だけサッと拭き取れば、あとは燻すだけです。
白身のプリッとした食感に煙の香りが重なると、ビールが止まらなくなります。
3. ウインナー・ソーセージ
冷蔵庫に必ずと言っていいほど入っているウインナーも、立派な燻製食材です。
もともと燻製処理されているものが多いですが、改めて自分で燻すことで「追い燻製」のような状態になり、皮のパリッと感と香りが劇的に増します。
脂の多い食材なので、煙との相性は抜群です。
袋から出してそのまま網に乗せてもいいですが、もし余裕があれば、30分ほど常温に戻しておくと、結露による酸味を防げます。
そもそも市販のウインナーの多くは「加熱食肉製品」として、JAS規格(日本農林規格)で定められた厳しい温度条件ですでに加熱殺菌されています。そのため、中まで必死に火を通そうとしなくても、表面がパリッとして香りがつけば、安全に美味しく食べることができるのです。
食べた瞬間に「パキッ」と皮が弾け、中から熱々の肉汁と煙の香りが溢れ出す瞬間は、何度やっても幸せな気持ちになります。
(出典/参考リンク) 農林水産省「ソーセージの日本農林規格」
4. かまぼこ・ちくわ
練り物系は、魚の旨味が凝縮されていて、すでに火が通っているため、生焼けの心配がありません。
板についたままのかまぼこなら、板ごと網に乗せれば網にくっつくこともなく、扱いやすさはトップクラスです。
表面が少し乾燥して茶色く色づいたかまぼこは、水分が抜けて食感が凝縮され、日本酒に合う最高のアテになります。
ちくわの場合も同様ですが、穴の中にチーズを詰めたりすると、また違った楽しみ方ができます。
意外と知られていない? 水分が少なくて失敗しにくい「乾き物」3選
続いては、水分が極端に少ない「乾き物」たちです。
これらは乾燥工程が完全に不要なので、「酸っぱくなる」という失敗のリスクがほぼゼロに近いのが特徴です。
5. ミックスナッツ
食塩不使用の素焼きナッツでも、有塩のナッツでも構いません。
ザルや目の細かい網に入れて、5分〜10分ほど軽く煙をまとわせるだけで、香ばしさが爆発します。
特にアーモンドやカシューナッツは、煙の香りを含む油分との相性が良く、ウイスキーのお供としてこれ以上のものはないかもしれません。
冷めても香りが残るので、一度にたくさん作って瓶に詰めておけば、数日間は幸せな晩酌が約束されます。
6. ししゃも(干物)
居酒屋の定番メニューであるししゃもも、すでに半乾燥状態にあるため、燻製向きの食材です。
フライパンやトースターで焼くのとは違い、煙で燻すことで、魚特有の生臭さが消え、香ばしい風味が引き立ちます。
スーパーで売っている「干物コーナー」の魚は、基本的にどれも下ごしらえ不要で燻製にできます。
ししゃもなら網に乗せて10分〜15分程度。
皮がパリッとして、黄金色になったら食べごろです。
7. スルメ・あたりめ
噛めば噛むほど味が出るスルメに、煙の香りをプラスする大人の遊びです。
もともと味が強い食材ですが、燻煙の香りが加わることで、さらに奥行きのある味わいになります。
長時間燻すと乾燥しすぎて硬くなってしまうことがあるので、5分程度の「香りづけ」感覚でサッと仕上げるのがコツです。
マヨネーズに七味を添えて、燻製したスルメをディップする。
それだけで、自宅のテーブルが上質な居酒屋に変わります。
変わり種も試したい。そのまま燻すだけの「意外な食材」3選
最後に、少し意外かもしれませんが、やってみると驚くほど美味しい変わり種をご紹介します。
もちろん、これらも下ごしらえは一切不要です。
8. たくあん
「漬物を燻製?」と驚かれることも多いですが、秋田県の「いぶりがっこ」を思い出してみてください。
大根を燻してから漬け込むのが本来のいぶりがっこですが、市販のたくあんを後から燻すことでも、それに近い風味を楽しむことができます。
表面の汁気をしっかりと拭き取り、網に乗せて20分〜30分。
水分が抜けてカリカリとした食感になり、あの独特の香ばしさが蘇ります。
クリームチーズと一緒に食べれば、ワインが進むこと請け合いです。
9. ポテトチップス
スナック菓子も燻製のターゲットになります。
特に「うすしお味」や「コンソメ味」のポテトチップスは、油分が煙を吸着しやすく、短時間でしっかりと香りがつきます。
ボールやザルに入れて、煙がまんべんなく行き渡るように時々混ぜながら燻します。
パリパリの食感はそのままに、キャンプ場の焚き火のような香りが鼻に抜ける、大人のポテトチップスの完成です。
湿気りやすいので、温燻(50〜80℃)で短時間で仕上げるのがポイントです。
10. 醤油
食材ではありませんが、調味料を燻製にするのもおすすめです。
小さめの耐熱皿に醤油を注ぎ、燻製器の端っこに置いておくだけ。
液体なので煙の成分が溶け込みやすく、驚くほど濃厚な「燻製醤油」が出来上がります。
これを冷奴や刺身にかけるだけで、いつもの食卓に魔法がかかります。
燻製をしている最中、網の隙間にスペースがあったら、ぜひ試してみてください。
これだけは守りたい。美味しく仕上げるための「小さなひと手間」
ここまで「下ごしらえ不要」と言い切ってきましたが、一つだけ、どうしてもやってほしい「小さな作業」があります。
それは、「表面の水分を拭き取ること」です。
キッチンペーパーで一拭きする優しさ
冷蔵庫から出したばかりのチーズやソーセージは、温度差で表面に結露していることがあります。
また、味付き卵やたくあんも、調味液で濡れています。
この水分が残ったまま煙をかけると、煙の成分と水が反応して「酸味」や「エグみ」の原因になります。
網に乗せる直前で構いません。
キッチンペーパーで、食材の表面を優しくポンポンと押さえて、水気を取ってあげてください。
たった数秒のこの作業が、仕上がりの味を劇的に変えます。
「下ごしらえ」と呼ぶほどではない、ほんの少しの気遣い。
それだけで、食材はちゃんと美味しい顔を見せてくれます。
この「水分を拭き取る」という工程は、味だけでなく衛生面でも重要です。厚生労働省の食中毒予防の原則にもあるように、細菌の繁殖には水分が大きく関係しています。食材の表面を乾燥状態に保つことは、菌が増えにくい環境を作ることにもつながるのです。
(出典/参考リンク) 厚生労働省「家庭でできる食中毒予防の6つのポイント」
まとめ
今回は、下ごしらえ一切不要で楽しめる燻製食材をご紹介しました。
最後に、おすすめの食材ベスト10を振り返ります。
- プロセスチーズ: 失敗知らずの王道。
- 味付きゆで卵: 殻をむくだけでご馳走に。
- ウインナー: 皮のパリッと感が段違い。
- かまぼこ: 板ごと燻せて手軽さNo.1。
- ミックスナッツ: 常備したくなる香ばしさ。
- ししゃも: 干物の旨味がさらに凝縮。
- スルメ: 短時間で仕上げる大人のアテ。
- たくあん: 即席いぶりがっこ風に変身。
- ポテトチップス: 香りで食べる新感覚スナック。
- 醤油: 料理の味を変える魔法の調味料。
燻製は、必ずしも手間ひまをかけなければいけないものではありません。
仕事で疲れた週末や、ふと思い立ってベランダに出た夜。
コンビニの袋からガサガサと食材を取り出して、ただ煙に委ねるだけの時間があってもいいはずです。
「これでいいんだ」と思える手軽さが、きっとあなたの燻製ライフを長く、心地よいものにしてくれます。
まずは冷蔵庫にあるその食材から、気軽に火をつけてみてください。



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