燻製器が真っ黒!しつこいヤニとタールを重曹でピカピカに落とす方法

道具

ベランダに出ると、夜の空気が一瞬だけ、胸の奥まで入り込んでくる。

チップが燃え尽きたあとの静けさと、食材が飴色に仕上がったのを見たときの小さな感動。

けれど、現実に引き戻される瞬間も同時にやってくる。

蓋を開けた瞬間、あるいは片付けようと持ち上げた瞬間に気づく、燻製器の内側にびっしりとついた黒い汚れだ。

「これ、本当に落ちるのかな」と不安になるほど、燻製のヤニやタールは粘り気が強くてしつこい。

最初の頃、私は普通の食器用洗剤でゴシゴシ洗って、スポンジをひとつダメにしてしまったことがある。

ベランダのシンクが茶色く汚れてしまい、途方に暮れたことも一度や二度ではない。

でも、この汚れの「正体」と「科学的な落とし方」さえ知ってしまえば、メンテナンスは決して苦行ではなくなる。

今回は、私が安曇野での暮らしの中で実践している、重曹を使った「力を入れすぎない」燻製器のお手入れ方法を書き留めておきたい。

道具をきれいにすることは、次の「火と煙の時間」を気持ちよく迎えるための、大切な儀式のひとつだ。

 

燻製の汚れの正体は「酸性」のタール

そもそも、なぜ燻製の汚れはあんなにも落ちにくいのだろうか。

ただの煤(すす)や焦げであれば、洗剤でするりと落ちるはずだ。

燻製器の内側に付着しているあのベタベタした黒い汚れの正体は、木材由来の「樹脂(タール)」や「ヤニ」が凝縮されたものである。

 

煙の成分と汚れの性質

燻煙材(チップやウッド)を加熱すると、煙とともに様々な成分が発生する。

その中には、香りや殺菌作用をもたらすフェノール類や有機酸が含まれているが、これらが冷えて固まると、頑固な油汚れのような樹脂状の物質に変化する。

これが、いわゆるタール汚れだ。

そして、ここが一番のポイントなのだが、燻製の煙に含まれる汚れの成分の多くは「酸性」の性質を持っている。

 

なぜ普通の洗剤では落ちにくいのか

私たちが普段使っている食器用中性洗剤は、その名の通り「中性」だ。

軽い油汚れなら浮かせて落とせるが、冷えてガチガチに固まった酸性の樹脂汚れに対しては、中和する力が働かないため、どうしても力任せに擦ることになってしまう。

私も以前は、金たわしで無理やり削り落とそうとして、燻製器に傷をつけてしまったことがある。

傷ができると、次に使うときにそこへまた汚れが入り込み、さらに落ちにくくなるという悪循環に陥ってしまうのだ。

だからこそ、力(物理)ではなく、化学(ケミカル)の力借りる必要がある。

 

魔法の粉「重曹」が最適解な理由

そこで登場するのが、白い粉末「重曹」だ。

古くから掃除や料理に使われてきたこの素材が、燻製器のメンテナンスにおいては最強のパートナーとなる。

重曹(炭酸水素ナトリウム)を使った洗浄は、環境負荷の少ない「ナチュラルクリーニング」として環境省などの公的機関でも推奨されています。油汚れや酸性の汚れに対する中和作用は、科学的にも理にかなった掃除方法です。

(出典リンク) 環境省「化学物質と環境」地球にやさしい掃除のすすめ

 

酸性とアルカリ性のバランス

理屈はとてもシンプルだ。

燻製の汚れ(タール・ヤニ)は「酸性」。

対して、重曹の水溶液は「弱アルカリ性」を示す。

酸性の汚れにアルカリ性をぶつけることで、化学的に「中和」させ、汚れを分解して緩ませることができるのだ。

ゴシゴシと力技で戦うのではなく、汚れそのものの結合をほどいてあげるイメージに近い。

 

食品用だからこその安心感

もうひとつ、私が強力な工業用洗剤ではなく重曹を推す理由がある。

それは、燻製器が「直接食材を入れる調理器具」だからだ。

強力なアルカリ洗剤や、溶剤系のクリーナーを使えば、確かにもっと早くピカピカになるかもしれない。

けれど、燻製器は香りを扱う道具だ。

洗剤の香料や、化学薬品の強い匂いが残ってしまうと、せっかくの燻製の風味が台無しになってしまうリスクがある。

その点、重曹はもともと食品添加物としても使われるものだし(ふくらし粉など)、無臭だ。

万が一洗い残しがあっても人体への害が少なく、匂い移りの心配もない。

実際、炭酸水素ナトリウム(重曹)は厚生労働省によって「指定添加物」としてリストアップされており、食品そのものに使用することが認められている安全な成分です。調理器具のお手入れに使う上で、これほど安心できる材料はありません。

「口に入るものを作る道具」だからこそ、安全な素材でケアしてあげたいと私は思っている。

(出典リンク) 厚生労働省「指定添加物リスト(規則別表第1)」

 

【実践編】重曹で煮洗い・つけ置きする手順

では、実際に私がやっている掃除の手順を紹介しよう。

特別な道具は必要ないが、タール汚れは手につくと数日は取れないので、準備だけはしっかりとしておきたい。

1. 準備するもの

  • 重曹(掃除用でも食用でも可。100円ショップのもので十分)
  • ゴム手袋(必須。素手だと爪の間が茶色くなる)
  • 大きな鍋、または燻製器が入る容器(ゴミ袋でも代用可)
  • スポンジ(捨ててもいい古いもの)
  • 金たわし(ステンレス製の燻製器の場合のみ)

【※重要な注意点】 燻製器や鍋の素材が「アルミニウム」の場合は、重曹を使うと化学反応で黒ずんでしまうことがあります(アルミニウム協会等のデータ参照)。アルミ製の道具を使う場合は、重曹の使用は避けるか、中性洗剤での洗浄に留めましょう。

(出典リンク) 一般社団法人 日本アルミニウム協会「アルミニウムに関するQ&A(黒変化について)」

 

2. お湯と重曹で「つけ置き」液を作る

まず、タールは温度が高いほうが柔らかくなりやすい。

水ではなく、60度〜80度くらいのお湯を使うのがコツだ。

燻製器(あるいは網や受け皿)が入る大きさの容器にお湯を張り、重曹を溶かし入れる。

分量は正直適当でもなんとかなるが、お湯1リットルに対して大さじ3〜4杯くらいを目安に、少し濃いめに作ると効果が高い。

もし、燻製器自体がステンレス製の鍋型なら、その中に直接水と重曹を入れて、コンロで火にかけて「煮洗い」してしまうのが一番手っ取り早い。

グツグツと煮立たせると、驚くほど汚れが浮いてくる。

 

3. 時間をかけて汚れを緩ませる

重曹水にパーツを浸したら、あとは待つだけだ。

時間は汚れ具合によるが、軽い汚れなら30分、真っ黒に固着しているなら一晩放置してもいい。

燻製と同じで、ここでも「待つ時間」が必要になる。

私はこの間に、コーヒーを淹れたり、次の燻製のレシピをぼんやり考えたりしている。

焦って擦り始めるよりも、時間が汚れをふやかしてくれるのを信じて待つほうが、結果的にずっと楽になるからだ。

 

4. スポンジや金たわしで軽く擦る

つけ置きが終わる頃には、お湯が真っ茶色になっているはずだ。

一見ギョッとする色だが、それは汚れがしっかり落ちている証拠でもある。

ゴム手袋をしてパーツを取り出し、スポンジで軽く擦ってみてほしい。

あれほど頑固だったタールが、ヌルリと剥がれるように落ちていく感触は、何度やっても気持ちがいい。

網の焦げ付きなど、どうしても落ちにくい部分だけ、金たわしを使って優しく擦り落とす。

ただし、テフロン加工などが施されている燻製器や、ホーロー製の鍋を使う場合は、金たわしはNGだ。

コーティングが剥がれてしまうので、柔らかいスポンジで丁寧に洗うようにしよう。

 

どこまで綺麗にするべきか?(私のスタンス)

ここでひとつ、燻製好きとしてお伝えしておきたいことがある。

それは、「新品同様にピカピカにしなくてもいい」ということだ。

もちろん、衛生面に関わる部分はしっかり洗う必要がある。

 

徹底的に洗うべきパーツ

食材が直接触れる「網」や「フック」、そして脂が落ちる「汁受け皿(チップ皿)」は、毎回しっかり汚れを落としたい。

ここに古い脂やタールが残っていると、雑菌の繁殖原因になったり、次回の燻製に変な酸味やエグみが混ざったりする原因になる。

 

「味」として残してもいい部分

一方で、燻製器の内壁や蓋の裏についた黒い色は、ある程度なら「育った証」として残しておいてもいいと私は思っている。

中華鍋が油を馴染ませて育っていくように、燻製器も煙の成分が膜を作ることで、より燻製らしい風格が出てくる。

これを「ブラックポット」と呼んで愛でる愛好家もいるくらいだ。

あまり神経質になりすぎて、毎回ピカピカになるまで削り落としていると、道具への愛着よりも掃除の面倒くささが勝ってしまうかもしれない。

「食材に触れるところは清潔に、それ以外はほどほどに」

これくらいの緩やかなスタンスが、燻製生活を長く楽しむ秘訣だ。

 

まとめ:道具を慈しむ時間は、自分を整える時間

燻製器についた頑固なヤニやタール汚れは、酸性の物質だ。

だからこそ、弱アルカリ性の「重曹」とお湯を使って中和させることで、力を入れずにスルリと落とすことができる。

  1. ゴム手袋を必ず着用する。
  2. 60度以上のお湯に重曹を濃いめに溶かす。
  3. つけ置き、または煮洗いで時間をかけて汚れを浮かす。
  4. 柔らかくなった汚れを洗い流す。

この手順さえ覚えておけば、あのベタベタ汚れに怯える必要はもうない。

真っ黒になった燻製器を洗っている時間は、無心になれる貴重なひとときでもある。

きれいになった網と、少し燻製の香りが残る道具を棚に戻すとき、「次はチーズにしようか、それともベーコンを仕込もうか」と、また新しい楽しみが胸に灯る。

手入れされた道具は、きっと次の休日も、私たちに静かで美味しい時間を運んでくれるはずだ。

 

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